旧ソ連抑留画集

木内信夫

 第2次世界大戦に敗れて約60万人の将兵が旧ソ連に拉致され、東はカムチャツカ半島、西はウラルを越えてヨーロッパへ、北はエニセーの河に近く広大な地域に散在する千数百に及ぶ収容所に抑留された。
 開戦直後、勝利に酔った日本軍もさることながらわれら敗戦処理軍の苦難の歴史も正しく後世に残し、再び繰り返すことのない戦争を、戦争を知らない50代以下の世代に是非とも知ってもらいたい。不幸にして故国の土を踏めなかった戦友達になりかわって絵筆をとりました。

元陸軍飛行兵 木内信夫

 

旧ソ連抑留画集の作品はすべて舞鶴引揚記念館に寄贈しています


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抑留とは…

 昭和20年(1945年)第2次世界大戦の終結のとき、海外に残された日本人約600万人のうち、半分は軍人、軍属で、あとは一般邦人といわれています。ポツダム宣言受諾により無条件降伏直前、旧満州(中国東北部)の日本軍兵士らは、ソ連軍の強襲に遭いました。昭和20年8月9日壊滅状態に陥り、ほとんどの部隊が降伏しました。武装解除された日本軍兵士は、ソ連へ送られるべく満州、北朝鮮地区の集結地に連行され、その数は約60万人にのぼりました。
 連行された日本人はソ連全域に置かれた強制収容所(ラーゲル)に監禁され、重労働を強いられました。一般にこの日本人たちをシベリア抑留者などとも言われています。


私の抑留コースの地図と主な収容所の分布

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地図クリックすると拡大表示できます

私の抑留コース
2万人以上の収容所
1万人以上の収容所
1万人以下の収容所
少数人員の収容所

「旧ソ連抑留画集」イメージ曲

旧ソ連抑留画集の兵士たち 作曲/演奏:神尾憲一

この曲は作曲家であり演出家の神尾憲一さんからいただきました。神尾さんありがとうございました。

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ロシア語版「旧ソ連抑留画集」

英語版「旧ソ連抑留画集」

イタリア語版「旧ソ連抑留画集」

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