Message Board/皆様からのメッセージ・23


 An amazing series of work - thank you for sharing with us. You were recently posted on www.drawn.ca - if you haven't found out already.
( Nathan, USA 7.27.2007)

 Thank you for sharing your stories and art with us! I have now shared them with my friends.
( Savita Alexander, United States and England http://www.savita-alexander.net 7.27.2007)

 As William Sherman said, "War is cruelty, and you cannot refine it," but your drawings have shown that there was some light in those times of darkness. Wonderful work!
( Paul, United States http://www.arnjuice.com 7.27.2007)

 It was very touchable story from man, who was very young when was captured and moved far from his Motherland to another country. There was hard life and hard working but this young man don't lost kindness in his heart. Your father never saw world as black and white only, but as colorful and we can see these funny and good pictures. Yes, good people everywhere and more than bad people. Thanks you your father.
P.S. Site designed and formatted is good too :) I like main music theme...
( Oleg Rubetsky, Russia 7.26.2007)

 I am deeply moved by the story of your father. People are similar everywhere. The story clearly tells that people are nice everywhere and war is terrible. I hope this world will be blessed by everlasting peace. HOPE drives this world ..
( ajay kumar, India 7.24.2007)

 Konichiwa Kiuchi-san, I have found your wonderful website by accident and really enjoyed looking at your father's drawings. I greatly appreciate that you tell this story so that people around the world can understand what a terrible thing war is and how it lasts even long after the last bullets have been fired.
( Markus Napp, Germany 7.23.2007)

 Thank you for this message of peace. It is comforting to know that other learn that we are one people, with common goals. I served as a medic, caring for POW''s  who shared the same desires. HOME. Family. Peace. God bless you and keep drawing.
( Denver Ray Cannon, USA  7.23.2007)

 Thank you for telling your story. It is very moving. I also enjoyed looking at your artwork. I hope this e-mail finds you well and happy. Regards Rick kaufman
( Rick kaufman 7.22.2007)

 前略、先日は早速の返信を掲載戴いて感動致しました。木内様の言葉はきっと父も望んでいる事だと思いました。心のこもった返信、本当に有難う御座いました。木内様の御健康を心よりお祈りしております。 取り急ぎお礼まで。早々
(てしま 2007年6月19日)

 抑留を検索してこのページを発見しました、つらい体験をやさしいタッチの絵で示し、木内さんの人柄が出ていると思います。私の父はソ連に抑留されブラーツク市の第7収容所、第44支部、第6建設部隊にいましたが昭和21年12月4日に死亡しました。母も私が小学校入学した年の5月に亡くなり、幼い頃は父母のいない人生を悲しみましたがもう62歳になります。平成6年にブラーツク市に父の墓参をいたしましたが、残念ながら人造湖アンガラダムの湖底に沈んでいました。先日、村山常雄さんがソ連抑留中に死亡した方々の名簿を作成し吉川英治賞を受けたことを知り、私の父の名前も発見しましたが、このページを見ている方でブラーツク市の同じ収容所にいた方がいればご連絡頂きたいと思います。また、私の父と同じブロックに埋葬されている方のお名前を記載しますので、関係者の方がおいでであればご連絡いただければと存じます。
 第7収容所第44支部第6建設部隊で亡くなった方々のお名前です(ブラーツク市で埋葬されダムの湖底に眠っています)。相川鶴市、秋元敏男、磯崎俊雄、伊藤勇、稲垣時三、上野正、大杉勉、太田高三郎、太田貞雄、奥田又三郎、鹿嶋授泉、川村源市、北見鉄雄、熊沢友次、小暮文男、金平作、重田純人、白鳥伊輔、進藤隆信、鈴木久義、須田謙、高橋藤治、竹井武盛、多田義雄、田村幸治郎、鶴田敬吾、手嶋義一、土井正雄、土肥嘉治、中澤修一、永田小次郎、中濱信雄、中山泉、橋口正幸、引地英夫、平賀猛、藤井正七、松田清一郎、松永忠一、松永俊雄、三田一雄、峯瀧秀喜、水野忠雄、森田要求、安光正撤、山田信人、山田幸男、山中定蔵、渡邊末三、渡辺光一、以上ですがこのほか20名ほどはロシア後から訳したカタカナ名しか分かりません。
(コン ykon@ideacon.co.jp 2007年6月15日)

 画集を拝見して亡くなった祖父を想いだしました。祖父もシベリアに抑留されて居ましたので。陸軍の二〇五部隊(隼?)に居たそうですが、詳細がわかりません。祖父が健在でしたら是非見せたかったです。サイト運営者の方々のご活躍をお祈りいたします。
(櫻花記念館館長 http://homepage2.nifty.com/matutec 2007年6月14日)

 先日抑留者の一人であった父が他界しました。生前、戦争、抑留の事を半分興味本位で聞いた私にほとんど話してくれなかったのでインターネットで調べてみようと思い立ちました。このサイトの文面を読んでいくうちに父の気持ちもわからず、つらい質問をしていた事に気づきました。父は口数はすくなかった人でしたが大工でもないのに自分で増築したり、母が寝たきりになっても一人で介護をし、家事をし、仕事をし、子育てをし、、、パワフルな人でした。でもこのサイトを読ませて頂いて、その力の源は戦争、抑留を生き抜いてきた根性と生き残ってしまったという罪悪感が混同していた精神力からではなかったかと感じました。その気持ちを受け止め切れなかった事を今はすごく申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも少しでも本当の父の気持ちに気づかせてもらったこのサイトに感謝いたします。本当に有難うございました。
(テシマ 2007年6月6日)

 シベリアに抑留されていた祖父を持つ者です。祖父が体験したことについて考えをめぐらせ、知ろうとインターネットで検索しこのサイトにめぐり合うことができました。木内様が生き抜いて日本に帰ってこられたことが、本当によかったと思います。私なんかが想像したって到底追いつけない苦労(と字にすることもためらう程)と悲しみを体験しなくてはならなかったと、想像します。そして、誤解を恐れずに書かせていただくならば、このような素晴らしい絵を描いてくださったことを、ホームページにのせてくださったことを心から感謝いたします。ありがとうございました。これまで脳内で想像するだけだったことを画で見ることができたことでうまくしゃべることができなくなる程ショックを受けました。私の祖父も、こんな風に日々を必死に生きて日本に帰られる日を夢見てただひたすらに生きたのだろうかと考えました。まさに決死の思いで繋がれた私という存在をかみしめるべきだと、今生きているこの私の命がこれまで以上にとてつもなく巨大で尊いものに感じるようになりました。祖父はシベリアでのことや戦争の時のことをあまり話しませんので、私も話に出せないでいます。けれど、このホームページを拝見させていただいてから、私が思っていることを手紙に書いて祖父に出してみようと思いました。これからも、思いやりを忘れずかつ知ろうとすることをあきらめずにがんばろうと思えました。木内様の画に背中を押してもらいました。本当にありがとうございました。これからもお体ご自愛なさって、どうかお元気でご活躍ください。
(はま 2007年4月3日)

 こんにちは実は私は『ウィキペディア(Wikipedia』とゆうアメリカの財団が作ったインターネットで見れて編集が出来る百科事典(検索)でシベリア抑留を見て外部リンクでそちらのホームページを編集して乗せようとしましたが駄目でした。どうかこれを見てどうか知ってたら、外部リンクの許可を下さい。どうかお願いします。出来たら乗せます。さようなら
(大河原健亮 2007年3月31日)

 ロシアでの生活は大変だったことがわかった。
(宮本和輝 2007年3月2日)


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